よく人に語りますが、
30代の読書と言えば、ビジネス・経済書が殆どでした。仕事を通じて鍛えられた10年間でした。欲したのは、とにかく論理(=フレームワーク)や経営・経済の情報でした。
大学院にも行きましたので、アカデミックな理論書も多く読みました。経営コンサルティングの仕事を遂行するなかで、役に立つフレームワークは、学びながら即使ってみたというやや乱暴なこともやっていました。
左脳が重たくなってきたなと40歳を越えたときに感じました。バランスを取ろうと右脳を使う必要性を意識したのです。
学生時代は小説といえば、殆ど歴史ものでした。吉川英治、司馬遼太郎、などは多く読みました。最近も小説を読んでいますが、文学を嗜むようになったのです。文学の定義を私は詳しく知りませんが、このように認識しています。文学とは、世間、社会、さらには人生を、
「まともでも常識でもない視点」 から眺めて、人間の本質に迫る学問だと思います。この
「まともでも常識でもない視点」 というコンセプトで物事を観るというのが、今では楽しくてたまらないのです。
もちろんビジネス・経済書を捨てたわけではありません。けれどむやみに買わなくなりました。
本には、良書とそれ以外がある。この最も単純な認識にやっと辿り着けた心境です。ここから得られる示唆は、
いかに 「それ以外」 に手を出さないか、これに尽きるということです。裏を返せば、これまで幾多の 「それ以外」 の本を買って読んできたことでしょうか。
良書なるものを知らなかった。私が不明でした。
良書というものはこのようなものだと言葉でなかなか話せません。す~っと吸い込まれていくような、
時を忘れて三昧(さんまい)になれるというのでしょうか、そのような魅力を持つ本が確かにあります。考え方がしっかりしている、情報量が多いなども要因でしょうが、それだけで良書とは言えないでしょう。
良書を見抜くのはセンス。私の理想は、書店で本に手が少し触れただけで、これが良書かいなか瞬時に分かるというものです。霊感ではございません、念のため。